DV(暴力)をする理由、される理由

DVとはドメスティックバイオレンスの略で、結婚相手やつきあっている異性への暴力のことを意味します。

最近は、DVが原因で離婚になるケースが増加しています。

そしてDVが原因で離婚になるケースは、

①一方が加害者で一方が被害者となるケース
②お互いにDVをやりあうケース
③興奮して激しくケンカしたケース

の3つに分けられます。

そこでまず、一方が加害者で一方が被害者となるDVの心理を解説します。

一方的に暴力を加える加害者の心理には

「警察には絶対に捕まらない」
「相手は絶対に反撃してこない」

という確信があります。

もし結婚相手ではなく近所の住人や職場の上司に暴力を加えたら、平手打ち1回でも警察に通報されて大問題になります。

社会的な立場も大いに危うくなるでしょう。

加害者はそのことを十分に理解していますから、警察沙汰にはならないという確信のある相手にしか、暴力をふるいません。

また暴力を加えた相手が、夜中に包丁で自分を刺すかもしれない可能性があるなら、恐怖心から暴力はできません。

つまり、相手の反撃は絶対にないから自分の身は安全である、という自信をもって暴力をします。

そしてDVの一方的加害者は、いくら警察に捕まらず相手に反撃されないからといって、DVまでしてしまうのでしょうか?

DVをする人は、劣等感を強く持っている

DVをする人は「劣等感」という感情を強く持っています。

「劣等感」とは、自分は他人より劣っている、自分は他人よりダメな人間だ、という感情のことです。

この劣等感を持っていると、人は幸せを感じることができません。

そのため人は自分の劣等感を晴らすために、いろいろなことをします。

たとえば、

「人の欠点を指摘する」「自分の有能さをアピールする」「見栄をはる」

ということをします。

これからの行動に共通するのは「自分は他人より上の立場であることをわからせたい」という感情です。

暴力というのは大変によくないことなので、世の中のほとんどの人はできません。

そして劣等感の強い人は、他の誰もができないようなことを自分ができる、ということに優越感を覚えます。

そのためDVによって「暴力をふるうという他の人が絶対にできないことを自分はできるんだ。自分は優秀なんだ。」と思うのです。

劣等感の強い人は、自分が他人より優秀であるという「証(あかし」がとにかく欲しいのです。

自分が他人より優秀であるという「証(あかし」が欲しければ、正当な努力をして会社で出世したり、事業を興して成功させればよいのですが、それができないのです。

できないからこそ、自分は他人より劣っていておもしろくないので、自分より格下に暴力をふるうことで、自分は優秀だと思いたいのです。

これが一方的にDVをやり続ける加害者の、本当の心理なのです。

DVをされる人の心理

DVというのは、する人とされる人がいて成立します。

これは、学校で行われる「いじめ」とよく似た構図なのです。

数多くの生徒や児童がいるなかで、その生徒や児童が狙われてしまうのには理由があります。

その理由は、反撃をされないという確信のある相手をいじめる、ということです。

もし、いじめをしたことによって相手が大暴れをしたりカッターナイフでも振り回そうものなら、いじめは起こらないのです。

実はDVもこれと同じで、反撃できないと思われているから、やられっぱなしになるのです。

反撃の方法は暴力だけでなく、家出、失踪など逃げ出すという方法があります。

しかしDVでやられっぱなしの人は、逃げ出すという方法すらとりません。

その理由は「この人に捨てられたら、自分は生きていけない」と思っているからです。

実はこの感情も「劣等感」なのです。

DVの一方的被害者は「私は暴力を受け続けながらでないと生きられないほど、ダメな人間なんだ。」と思っています。

つまり「自分は他人より劣っている」と考え、「自分で自分にダメだし」をしているのです。

劣等感を晴らすために他人を攻撃するのが、DVの加害者です。

劣等感を晴らしたいが他人を攻撃する度胸がないので自分で自分を攻撃するのが、DVの被害者です。

DVの被害者というのは、相手の攻撃以上に、自分で自分にダメだしをして攻撃するから、DVに耐えられるのです。

もし相手の攻撃が最大の苦痛と思えるのなら、とっくに逃げ出しています。

相手の攻撃よりも、自分で自分にダメだしをする攻撃の方が上回っているから、逃げ出さないのです。

実は心理学から見たDVの本当の加害者は、DVの被害者自身なのです。

DVの一方的被害者は、どうかこのことに気がついてください。

自分で自分を虐待していないですか?

お互いのDV、興奮したケンカの心理

最近はDV離婚の件数が増えていますが、これまで述べたような、深刻なDV離婚のケースではないDV離婚も多くあります。

それが「お互いの暴力」「夫婦ケンカの行き過ぎ」をDVとして扱っている場合です。

家庭というのは社会から閉ざされた空間ですから、恥や世間体という感情が取り払われる場所です。

そのため人前では取り乱さない人でも、社会の目がないと言葉や行動で取り乱しやすくなります。

このとき夫婦ケンカで言葉の激しい応酬から、物を投げてぶつけあったり、ついうっかり手が出てしまうことがあるのです。

ところが物を投げてぶつけあうまではいいのですが、自分の体で直接相手に暴行を加えてしまうと、相手が思わぬ精神的ショックを受けることがあります。

この「思わぬ精神的ショック」のことを、今の時代はDVと呼ぶようになりました。

小さい子供が、兄弟ケンカをすることがあります。

このとき子供たちは、超えてはならない一線を暗黙の了解で理解しながら、ケンカをしているのです。

ところが何かのはずみで超えてはならない一線を越えて相手に大ケガをさせたりすると、我に返ってケンカが終わることがあります。

夫婦ケンカをDVと呼んで離婚にまで発展する場合には、これと似たような状況があるのです。

ケンカをして興奮のあまりつい手が出てしまい、超えてはならない一線を越えたとき、DVだ離婚だと騒ぎ出します。

超えてはならない一線を越えて手を出されてしまった人は、手を出されたことで自尊心やプライドが傷つけられたから、離婚の気持ちになったのです。

それぐらい、自尊心やプライドは人間にとって大切だ、ということです。

このようなDV離婚は、先に述べた「劣等感」からくるDVとは心理が異なるということを、覚えておいてください。

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